僕はこれまで何度も、ウォーキングによって心身の状態が良い方向へ変わることを実感してきました。
もちろん、これは僕自身の経験です。
「歩けば病気が治る」
「ウォーキングをすれば誰でも同じ結果になる」
そんな一般化をするつもりはありません。
病気やけがによっては、歩くことが逆効果になる場合さえあります。
それでも僕の場合、不思議なくらい何度も、
「歩くことで良くなっていく」
という経験がありました。
そして調べてみると、僕の経験すべてを科学的に説明できるわけではないものの、そこには現代の研究と重なる部分がかなりあります。
僕にとってウォーキングは、最初は「心を変えるためのもの」だった
僕は以前から、自分自身で「トラウマ転換ウォーキング」と呼んでいる方法に取り組んできました。
僕の場合、それによって心理的な成長を感じるようになりました。
単純に「気分が良くなった」というだけではありません。
自分の物事の捉え方が変わったり、それまで自分を苦しめていた認知の歪みが少しずつ弱くなったり、頭の中でバラバラだったものが以前より整理されていくような感覚がありました。
僕自身の表現で言えば、
「認知のまとまりが良くなった」
という感覚です。
僕の場合、頭の中でバラバラだった考えや感情、過去の出来事が少しずつつながり、「なぜ自分はこう感じるのか」「何が起きていたのか」を整理して理解しやすくなる感覚です。一つの考えにとらわれにくくなり、別の視点からも物事を見られるようになりました。
もちろん、ここで重要なのは、研究によって「ウォーキングが認知の歪みを直接修正する」と証明されているわけではないということです。
しかし、その周辺には興味深い研究があります。
有酸素運動によって「実行機能」が改善した研究がある
アメリカのYaakov Stern博士ら(米国・コロンビア大学などの神経心理学・認知研究者)は、20~67歳の健康な成人132人を対象として、6か月間のランダム化比較試験を実施しています。
参加者は、有酸素運動を週4回行うグループと、ストレッチ・筋力調整を行うグループに分けられました。
その結果、有酸素運動群では実行機能(executive function)の有意な改善が確認されました。脳画像では、左前頭部の皮質厚の増加も観察されています。
実行機能とは、簡単に言えば、
- 必要な情報に注意を向ける
- 不要な反応を抑える
- 情報を頭の中で整理する
- 状況に応じて考え方を切り替える
- 目的に沿って行動する
といった、思考をまとめ、コントロールする能力に関係しています。
さらに日本では、早稲田大学(日本)のBae Seongryu氏、Masaki Hiroaki氏らが、29人の若年成人を対象に、30分間の有酸素運動と安静状態を比較しています。
その結果、運動後には、課題を切り替える際の情報処理などに変化がみられ、研究者らは認知的柔軟性(cognitive flexibility)やワーキングメモリに関係する処理を促進する可能性を示しています。
これは「認知の歪みがウォーキングによって治る」という研究ではありません。
しかし僕が感じてきた、
「歩いていると考えが整理される」
「一つの考え方に固まりにくくなる」
「物事を別の角度から考えられるようになる」
という感覚を考えるうえでは、非常に興味深い研究だと思います。
ウォーキングで抑うつや不安が軽減したランダム化比較試験
ウォーキングそのものを調べた研究もあります。
中高年のうつ病を持つ参加者を対象とした12週間のランダム化比較試験では、
週150分の中強度ウォーキング
または
週75分の高強度ウォーキング
を行ったグループで、対照群と比較して抑うつ症状が有意に低下しました。
不安症状、QOL(生活の質)、心肺機能にも改善がみられています。
WHO(世界保健機関)も、定期的な身体活動について、成人の抑うつ・不安症状の軽減だけでなく、認知的健康、睡眠、全般的なウェルビーイングなどにも関連するとしています。
そしてWHOが身体活動として挙げている代表的なものの一つが、まさに**walking(ウォーキング)**です。
トラウマと運動についても興味深い研究がある
僕にとって特に興味深かったのが、この研究です。
オーストラリアのUniversity of New South Wales(ニューサウスウェールズ大学)のRichard Bryant博士(臨床心理学・PTSD研究者)らは、臨床的にPTSDと診断された成人130人を対象にランダム化比較試験を行いました。
参加者は、
PTSDに対する曝露療法+10分間の有酸素運動
または、
曝露療法+10分間の軽いストレッチ
を受けました。
その結果、6か月後には、有酸素運動を追加したグループの方がPTSD症状の低下が大きくなっていました。
研究者らは、有酸素運動が、恐怖記憶に対する**消去学習(extinction learning)**などに影響する可能性を考察しています。
ただし、ここはとても重要です。
これは、
「歩くだけでトラウマが治る」
という研究ではありません。
専門的な曝露療法に有酸素運動を追加した研究です。
したがって、僕が行っている「トラウマ転換ウォーキング」と同じものでもありません。
それでも、
身体を動かすことと、トラウマに関係する心理的処理を組み合わせるという方向性自体には、研究上も検討する価値がある
ということは言えるでしょう。
僕自身の体験とも非常に重なる部分があります。
そして僕の場合、ウォーキングは「心」だけではなかった
面白いことに、僕にとってウォーキングの恩恵は心理面だけではありませんでした。
昔、一時期、膝がかなり弱ったように感じていたことがあります。
しゃがんだり動かしたりすると膝からよく音が鳴り、何となく弱くなっている感じがありました。
その頃、僕はウォーキングやランニングをしていました。
もちろん、
痛みが強くならないか、悪化しないかを見ながら無理せず
です。
その生活を続けているうちに、いつの間にか膝の問題は気にならなくなりました。
これが一つ目。
くるぶしが腫れたような時期も、歩いているうちに良くなった
それから何年も経った後、今度はくるぶし周辺が少し腫れ、水が溜まったように感じる時期がありました。
僕自身は滑液包炎(bursitis)のようなものではないかと思ったのですが、ここは医療機関で確定診断されたものとして書いているわけではありません。
その時もウォーキングを続けていました。
そして、これも最終的には気にならなくなりました。治りました。
ウォーキングによって治ったかどうか断定はできないけれども、ウォーキングを続けていくうちに良くなったんです。
そして最近、さらに不思議な経験をした
その後、僕はパソコン作業をほぼ立ったままする生活をするようになりました。
朝から寝るまで、かなり長い時間立った状態でパソコンを使う生活です。
すると今度は、左足の親指の付け根から数センチ下あたりに痛みが出るようになりました。
疲労骨折なのか、腱や周辺組織の炎症なのか、それ以外なのかは分かりません。
その状態が1か月以上続きました。
そこで僕は最初、
「歩かない方がいいのではないか」
とも考えました。
しかし、よく自分の痛みを観察してみると、一つ気づいたことがありました。
普通に歩いている時には、それほど痛くない。
むしろ、足の甲側を反らせるような特殊な角度になった時に痛みが出る。
そこで僕は、
「ウォーキングそのものでは痛まないのであれば、逆に少し歩いた方がいいのではないか」
と考えました。
もちろん痛みを我慢して無理に歩いたわけではありません。
痛みが悪化しないか観察しながらウォーキングを再開しました。
すると不思議なことに、
1か月以上残っていた痛みが、今度は少しずつ良くなってきたのです。
「一日中立っている」と「歩いている」は、同じではない
ここは今回調べていて、僕自身とても重要だと思ったところです。
一日中立って仕事をしていたのだから、
「身体は十分動かしている」
ようにも思えます。
しかし、
静止した状態で長時間立っていることと、歩くことは、生体力学的には全く同じではありません。
米国OSHA(Occupational Safety and Health Administration:米国労働安全衛生局)は、長時間の座位だけでなく、**長時間の静的な立位(static posture)**そのものを筋骨格系障害のリスク要因として挙げています。
OSHAは対策として、作業内容を変えること、長時間同じ作業を続けないこと、立位作業では適切なワークステーションや疲労軽減マットなどを使用することも推奨しています。
つまり、
「座らなければ健康」なのではありません。
同じ姿勢で立ち続けることもまた、身体の一部分に負荷を集中させる可能性があります。
これに対してウォーキングでは、足首、膝、股関節などが周期的に動き、筋肉の収縮と弛緩が繰り返されます。
だから僕の場合も、
長時間立ち続けることで受けていた負荷と、痛みの出ない範囲で歩くことで受ける負荷は、身体にとって全く同じものではなかった
可能性があります。
これは僕の症状の原因を特定するものではありませんが、今回の経過を考えるうえでは一つの合理的な説明候補だと思います。
身体には「休ませるべき痛み」と「動かせる痛み」がある
ただ、僕自身の経験から、
「痛い時こそ歩いた方がいい」
と一般化するのは危険です。
例えばAmerican Academy of Orthopaedic Surgeons(AAOS:米国整形外科学会)の患者向け医学情報では、足や足首の疲労骨折では、一般的に痛みは徐々に発生し、荷重をかける運動によって悪化します。
局所的な圧痛や腫れなどが出ることもあります。
疲労骨折だった場合、無理に活動を続けると治癒を遅らせたり、完全骨折につながったりする可能性があります。
また初期には単純X線で確認できない場合もあり、必要に応じてMRIなどが使われます。
つまり、
「歩いたら治った」という僕の経験と、「足が痛くても歩くべきだ」という医学的判断は全く別です。
ここは分けて考える必要があります。
強い荷重痛、腫れ、局所的な圧痛、痛みの悪化、外傷後の痛みなどがある場合は、自己判断で運動を続けるのではなく医療機関で確認した方が安全です。
なぜ僕にとってウォーキングはこれほど役立ってきたのか
僕自身の経験と現在分かっている研究を合わせて考えると、僕にとってウォーキングが大きな意味を持ってきた理由は、一つだけではないのだと思います。
心に対しては、
身体活動
↓
不安・抑うつやストレス反応への作用
↓
注意・実行機能・認知的柔軟性への作用
↓
考える、気づく、整理する
という流れが一部関係している可能性があります。
そして僕の「トラウマ転換ウォーキング」では、単に身体を動かして終わるのではなく、歩いている時間そのものを自分の心理的変化につなげてきました。
だから僕の場合、
歩くという身体活動と、心理的な自己処理が同時に進んできた
のかもしれません。
これは今後さらに研究してみたいテーマです。
ウォーキングは「身体を休ませない」のではなく、「適切に動かす」という選択肢でもある
身体面についても同じです。
休養が必要な時には当然休む必要があります。
しかし身体は、
完全に動かさないことだけが回復ではありません。
適切な状態で、耐えられる範囲の身体活動を続けることによって健康上の利益を得られることは、WHOも身体活動ガイドラインの中で明確にしています。
WHOは、
「どんな量の身体活動でも、何もしないよりよい」
という考え方を示しています。
重要なのは、
「休むか、無理をするか」
という二択ではなく、
今の身体が安全に許容できる負荷はどこなのかを探すこと
なのだと思います。
「Walking is man’s best medicine」という有名な言葉について
ウォーキングについて調べると、よく出てくる言葉があります。
“Walking is man’s best medicine.”
「歩くことは人間にとって最良の薬である」
古代ギリシャの医師Hippocrates(ヒポクラテス、古代ギリシャの医師・「医学の父」と呼ばれる人物)の言葉として非常に有名です。
実際、医学誌『Occupational Medicine』にも、この言葉をタイトルにした論説があります。
ただし、ここには注意が必要です。
英国のHelen King教授(ヘレン・キング、英国の古代医学・身体史研究者)は、著書『Hippocrates Now: The “Father of Medicine” in the Internet Age(現代インターネット時代に作られる「医学の父ヒポクラテス」像)』の中で、現在ヒポクラテスの名言として流通している言葉がどのように成立したのかを検証しています。
「Walking is the best medicine」もその検討対象であり、古代の真正なヒポクラテスの発言として確実な出典が確認されている言葉とは言いにくいものです。
したがって正確には、
「ヒポクラテスの言葉として広く知られている」
程度に表現しておくのが安全でしょう。
しかし、皮肉なことに、その言葉自体の出典が不確かであっても、
「歩くことが心身の健康に大きな意味を持つ」
という考えそのものについては、現代医学の方が大量の研究によって裏づけを積み上げています。
僕にとって、ウォーキングはかなり「薬」に近い存在だった
振り返ってみると、
トラウマに向き合っていた時も、
認知の歪みを修正していった時も、
頭の中のまとまりが良くなっていった時も、
膝が弱っていたと感じていた時も、
くるぶし周辺に問題が起きた時も、
そして今回、長時間の立ち仕事の後に足の痛みが続いた時も、
僕の生活の中にはウォーキングがありました。
だから僕個人の実感としては、
「歩くことは最良の薬」
という言葉が、ものすごくしっくりきます。
ただし僕は、「ウォーキングが病気を治す万能薬だ」と言いたいわけではありません。
僕が伝えたいのは、もっと現実的なことです。
歩くことは、人間が持っている回復の条件を整える一つの方法なのかもしれない
ウォーキングそのものが直接すべてを治しているのではなく、
歩くことによって、
身体が動く。
脳が働く。
注意が切り替わる。
考え方が動く。
気分が動く。
生活リズムが動く。
そして、自分自身について考える時間が生まれる。
そうした複数の変化が重なった結果として、
人間が本来持っている「回復するための条件」が少しずつ整っていく。
僕の場合は、そういうことが起きていたのではないかと思っています。
心だけでもない。
身体だけでもない。
脳だけでもない。
その全部を抱えたまま、人間そのものが前へ進む。
考えてみれば、
歩くという行為ほど「前へ進む」という言葉を、そのまま身体で実行している行為もありません。
僕にとってウォーキングは、単なる運動ではありませんでした。
自分の心を立て直し、
考え方を変え、
身体を整え、
そして何度も自分を前へ運んできたものです。
だから僕はこれからも、
無理をせず、
身体の状態をよく観察しながら、
歩き続けたいと思っています。
参考文献・参考資料
- World Health Organization(WHO/世界保健機関)「Physical activity」:身体活動と抑うつ・不安、認知的健康、睡眠などについて。
- Stern Y, et al.(米国)“Effect of aerobic exercise on cognition in younger adults: A randomized clinical trial.” Neurology, 2019:6か月間の有酸素運動と実行機能・脳皮質の変化。
- Bae S, Masaki H.(日本・早稲田大学)“Effects of Acute Aerobic Exercise on Cognitive Flexibility Required During Task-Switching Paradigm.” Frontiers in Human Neuroscience, 2019:有酸素運動と認知的柔軟性・実行機能。
- Danny JY, et al. “Comparison of moderate and vigorous walking exercise on reducing depression in middle-aged and older adults: A pilot randomized controlled trial.”:12週間のウォーキング介入と抑うつ・不安。
- Bryant RA, et al.(オーストラリア・ニューサウスウェールズ大学ほか)“Augmenting trauma-focused psychotherapy for post-traumatic stress disorder with brief aerobic exercise in Australia: a randomised clinical trial.” The Lancet Psychiatry, 2023:PTSD曝露療法への有酸素運動追加試験。
- Occupational Safety and Health Administration(OSHA/米国労働安全衛生局):長時間の静的立位などの人間工学的リスクについて。
- American Academy of Orthopaedic Surgeons(AAOS/米国整形外科学会)「Stress Fractures of the Foot and Ankle」:足・足首の疲労骨折の症状・診断・治療について。
- King H.(英国・古代医学史研究者)Hippocrates Now: The “Father of Medicine” in the Internet Age:ヒポクラテスに帰属される現代の「名言」の歴史的検証。
※この記事は筆者自身の体験と研究情報を整理したもので、個別の病気・けがに対する診断や治療を目的とするものではありません。痛みや腫れなどが続く場合、また運動によって症状が悪化する場合には、医療機関での評価が必要です。


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